« 徳島県三好市 | トップページ | リスがヘビかじる »

トンゾウ

鼠入川の館石の分家に、佐平殿とて世の中のこともよく分かった
衆人にすぐれて力も強いマタギがあった。

ある日の夕方、宮ノ沢という所へオキジンに出かけたが、その夜に限って
さっぱり鹿が寄らない。そのうちにもう夜も明けて朝日ものぼろうとする頃、
家に帰るべエと思って山を下ってきたら、傍らのムズスから突然に真黒い
コテエのような大きな物が飛び出してきた。

佐平殿はそれを見て魂消てしまった。
鉄砲も何も向けられない程近づいたし、これァ俺ァこれに取って食われて
仕舞うべエかと思ったら、急に怖くなって、腰の切刃に手をかけて
後尻退りしていた。

ところがそのバケモンが人間のような大きな声を出して
「俺ァトンゾウだ、貴様ァ俺を打ってみろ」
「打ったもんなら握り潰して仕舞アべア」
と怒鳴った。

佐平殿はオッカナマギレに夢中で山から逃げて戻った。
そうして考えてみると、今まで獣が物言うたのを聞いたことも見たこともない
どうも奇態なことだ、きっとあれァ化物に相違ないと思っていた。

 

 

しばらくたってからまた横長嶺という所へオキジンかけに出かけた。
長根の一本栗のところで、オキを立てていたら大きな地揺ぎをさせて
どこからかその栗の樹目がけて飛びついて来た物があった。
そしてその樹をブッコロバスほど揺りつけると、枝がばりばりとヘシ折れて
下に落ちた。

佐平殿がよく見ると、それはこの前の化物だから青くなってしまった。

トンゾウはまた大きな声で
「貴様貴様ァ」
よくもよくも先だってうちから」
この山を荒らしやがるなァ」
「これから来てみろッ」
「来たらば今度こそツカミ殺してくれッから」
「そう思えッ」
と言った。

佐平殿は怖くてたまらない。これから以来来ねァすケ、堪忍してくだンせえ
と言って、そのまままた家へ逃げ帰ったが、それからこの人は病みついて
十日ばかりたつと死んだ。

トンゾウとは何物であるか、ただコテエのようなもので、そして飛ぶ化物だと
言い伝わっているばかりである。

【陸中閉伊郡岩泉地方の話】

|

« 徳島県三好市 | トップページ | リスがヘビかじる »

有象無象」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/525287/52839948

この記事へのトラックバック一覧です: トンゾウ:

« 徳島県三好市 | トップページ | リスがヘビかじる »